株式投資と市場研究の兜町通信   鈴田孝史

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help リーダーに追加 RSS 本当に、日本は「美しい国」になれるのか-2

<<   作成日時 : 2007/01/04 15:18   >>

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この日本人は、「キャッチボールのできない国」であるとの判断は、米国がいかに効果的に日本に対して外圧をかけるのか、日本人の性格を研究した「公式、日本人論」(対日貿易戦略基礎理論編集委員会、編)の中の一節だ。日本人は、相手の要求が不満でも、黙っている。だから相手は、要求を呑んだので、さらに要求をエスカレートさせる。

日本大使館への投石など、中国で半日運動が高まった時、当時の町村外相は、超語句の外相に向かって「なぜ素直に謝罪できないのか」との趣旨の発言をしていたが、中国人の性格からだけではなく、中国共産党の幹部が、そう簡単に謝罪できるはずもない。そして、我慢して、我慢してプッツンとなる。挙句は、奇襲に転じる。お決まりの日本人的な対応だ。

 では、なんでもすぐに「すいません、すいません」と謝罪する日本人の性格は、「美徳」なのだろうか。しかも、日本人同士では、謝罪すれば、それで「水に流す」こととなり、しつこくこの問題を取り上げれば、逆に世間知らずな人だと非難されかねない。しかも、謝罪して罪や罰を認めたら、その責任を負わねばならないはずだが、日本人の謝罪には、そこまでの責任追及問題が含まれていない。要するに、日本人の伝統、習慣などは、外人はもとより、グローバル化した今日では、「美徳」であるかどうかは、簡単には決められない。

 少なくとも、米国の交渉担当者などは、主語のない日本語を駆使する日本人は、本来的に物事の判断基準があいまいであるため、その性格分析から圧力のかけ方を研究し、そして、実行しているのだ。
小林興起氏の「主権在米」を読むと、多くの政治家が、米国の「年次改革要望書」の存在を知らなかったとある。これには驚かされた。これでは、「主権在米」の状態から脱するための「キャッチボール」、交渉もできない。

ところで、06年11月、米国商工会議所は、「相利共生」と名づけた「ビジネス白書」を発表したが、そこでは、日本に対するさまざまな「要望」が網羅されている。第一章では、日米の「経済統合協定」(EIA)を締結するための土台作りをすべきである、と主張している。それが「アメリッポン」構想の実現に動き始めたということにもなるのだが、そうなると、これまで以上に、日本の諸制度、法律などがアメリカンスタンダードとなっていくことになるだろう。

そして、安全保障問題では、同盟強化というよりも、米軍の自衛隊の一体化が進んでいるが、それにあわせて経済も統合して、まさに一体化しようというものだ。北朝鮮の核問題が解決しない以上、日本は米軍に頼むほかなく、同盟関係の強化は、国民の多くが望むところでもある。

しかし、米側の言う「相利共生」とは、簡略化していえば、米国の強みである防衛力で日本を守ってやる代償として、経済、金融分野で米国に協力しろということに他ならないだろう。そのためには、外資系が直接投資をしやすい環境を整備し、また、三角合併、株式交換方式で、日本企業をM&Aで続々買収したとしても、米国側は、命をかけて防衛しているのだから、当然であり、そうでなければ、「相利共生」とはならないだろう。すなわち、長引く北朝鮮問題は、日米経済統合の有力なカードでもあるということだ。

そして、経済統合へとさらに進むということは、今以上に日本の優良企業の大株主に外資系資本が名を連ねると言うことでもある。外人保有が増加するのみならず、すでに東証の日々の売買高のシェアでは、外人投資家が、5−6割を占めているが、このことは、企業が株主の意向に沿って運営されるということでもある。

一昔前、株式投資に無縁な知り合いが、「なぜ、リストラを発表した企業の株価は上昇するのか」との疑問を投げてきたことがあるが、それは、人件費を削減し、生産性を高めてーーーなどという投資家にとっては当たり前のことを言う前に、市場の主役が外人投資家となり、その外人投資家の価値基準に合わせねばならなくなったからだ。そうでなければ、外人投資家は投資してくれず、逆に株価低迷で、M&Aの餌食にされてしまう。

それは、仕事のやり方や価値観を外人投資家に評価してもらえるように変更しなければならないということであり、大企業が効率重視で経営されれば、その業界の中小企業も、そのような価値観にあわせねば、生き残れないということになる。しかも、グローバル化の急なる進展で、世界的に業界再編が起こっている現状では、外人投資家に評価されないような日本的な「美徳」などは、存在価値が希薄化してくる。オンリーワンの技術を持つ一部の非上場企業を除いては、日本的な経営を維持することは、簡単ではない。

日本は、急速な米国化で価値観が混乱している。日本的な、あるいは社会主義的な日本型資本主義は、見直すべき点が多数あるとしても、それぞれの伝統、習慣は、島国や気候風土という環境で、しかも長い年月を経て培われたものであり、簡単に変われるものではない。

強引にやれば、日本は発熱し、拒否症となってしまうかもしれない。いや、すでに発熱し、それが社会的な混乱にまでなってきている。東証を「占拠」されれば、それは文化や伝統にまで影響する。現在の「美しい国」作りは、まったく資本主義の屋台骨である株式市場の視点に立った思考が欠落している。
それは、簡単には新しい「美しい」国になることが難しいということでもあろう。

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